日本人

河上徹太郎

小林秀雄は河上徹太郎をどう見たか。「決して武装したことのない君の心」

批評家・小林秀雄は、同じく批評家(評論家)の河上徹太郎をどう見たのだろうか。 小林が河上をどう見ていたかは、小林の『Xへの手紙』からうかがうことができる。 小林秀雄 小林 秀雄(こばやし ひでお、1902年(明治35年)4月11日...
大石内蔵助

山本常朝は忠臣蔵事件(大石内蔵助)をどう見たか「吉良殿病死の時は残念千万なり」

「武士道といふは死ぬ事と見つけたり」という言葉で有名な『葉隠』の口述者・山本常朝(やまもと・じょうちょう)は、『忠臣蔵』の原案となった赤穂(あこう)事件で知られる大石内蔵助(おおいし・くらのすけ)についてどのように見ていたのだろうか。 ...
田中清玄

田中清玄は三島由紀夫をどう見たか。「剣も礼儀も知らん男」

戦後右翼の大物・田中清玄は小説家の三島由紀夫をどのように見ていたのだろうか。 田中清玄の三島由紀夫観は『田中清玄自伝』から窺うことができる。 田中清玄(1906年3月5日 – 1993年12月10日)は戦後の大物右翼、天皇主義者。戦...
橘孝三郎

田中清玄は他の右翼をどう見たか。「尊敬してるのは橘孝三郎と三上卓だけ」

戦後の大物右翼・田中清玄は他の右翼についてどのように考えていたのだろうか。 ここでは橘孝三郎、三上卓、児玉誉士夫、赤尾敏、四元義隆らをどのように見ていたかを『田中清玄自伝』(ちくま文庫)の記述から取り上げる。 なお田中が新右翼の...
田中清玄

田中清玄は野村秋介をどう見たか。「約束を反故に。顔も見たくねえ」

戦後の大物右翼・田中清玄(たなか せいげん)は、新右翼の旗手・野村秋介(のむら しゅうすけ)をどう見ていたのだろうか。 田中清玄の野村秋介観は、『田中清玄自伝』から窺うことができる。 田中清玄(1906年3月5日 - 1993年12...
三島由紀夫

三島由紀夫はサルトルをどう見たか。「ダンディズムの欠如」

小説家の三島由紀夫は哲学者のジャン=ポール・サルトルをどのように見ていたのだろうか。 三島のサルトル観は東大全共闘との討論記録『美と共同体と東大闘争』(角川文庫)や三島の対談集『源泉の感情』などから窺うことができる。 三島由紀夫は日...
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