暴力団組長の石川裕雄は自分の親分だった北山悟をどう見たのだろうか。
石川裕雄本人に取材した木村勝美の著書『極道の品格』では、石川裕雄の北山悟に関する印象が綴られている。
石川裕雄
北山悟
「こんな親分もいるんだとびっくりした」
木村勝美の『極道の品格』は、獄中の石川裕雄本人に取材した書籍だが、その『極道の品格』の中で、石川裕雄が親分の北山悟に初めて会った時の印象について描写されている。
この時、国粋主義色のある独立組織「石川屋総業」の頭領だった石川裕雄は、地場の極道組織のある男とトラブルになって相手を叩きのめしたが、北山悟がその男の治療代を負担することで丸く収めることができた。
このことについて礼を言いたいという石川本人の頼みで、北山組幹部の木下八郎に連れられ、石川は北山宅を訪れることになる。
北山組長は、神戸市内の粗末な家に住んでいた。当時、北山組は構成員百人を擁し、直参の中でも古参組織のひとつだった。
「そんな大親分がこんな家に住んでいるのか」
と、石川はおどろいた。「うちのおやじさんは、金にきれいな分だけ貧乏をしとるんよ」
あははと笑いながら木下が玄関をあがる。石川がその後に続き、六畳間に通された。「ここでちょっと待っときや、いま、客と話し中なんや」
そう言い残すと木下は別室に消えた。
隣室から話し声が聞こえてきた。「組長は、これから堅気になる組員と話をしていました。困った時には相談に乗るからくるんだぞ、という組長の声が聞こえました。極道が堅気になる時は、指を落とすものとばかり思っていたので、こんな親分もいるんだと、びっくりしましたね」(石川裕雄の証言)
引用:木村勝美『極道の品格』(文庫ぎんが堂、2015年)50、51頁
木村勝美『極道の品格』の見どころ・読みどころ
この記事の引用文は木村勝美『極道の品格』からのものである。
木村勝美氏の文業にはその取材情報の正確性をめぐって疑問符をつける向きもあるが、石川裕雄本人に取材したこの『極道の品格』は、石川の肉声にもっとも近いものを知ることのできる貴重な書籍であることに間違いはない。
この著書では、石川裕雄の学生時代から、ヤクザ渡世、渡米経験、山一抗争と裁判、など石川裕雄の経歴を一望することができる。
また、あとがきで書かれている、石川裕雄の悟道連合会関係者が最後までまったく山口組の襲撃の対象にならなかったこと、五代目山口組組長の渡辺芳則が石川裕雄の養子が経営する絵画店にフラリと現れ、もっとも高価な絵画の購入を申し出た、などのちょっとした裏話も興味深い。