石川裕雄本人に取材した木村勝美の著書『極道の品格』では、石川裕雄が未決囚の時に拘置所で読んだ本や、それに関する感想が簡単に書かれている。
ヤクザとお固い本の取り合わせが興味深いので、この記述を取り上げてみる。
この記事の主要な登場人物
石川裕雄の拘置所での読書
木村勝美『極道の品格』では、石川の裁判でまだ判決が出る前に、読書に没頭していたことが書かれている。
足繁く面会にきてくれる実姉に頼んで書籍を差し入れてもらった。読書に没頭したかったのである。アダム・スミスの『国富論』のほか、王陽明や三島由紀夫の著作を好んで読んだ。
公判の被告人質問で弁護人から「それらを読んで、どのように感じたのか」と質問され、「『国富論』では資本主義が進めば進むほど腐敗が進むとしているが、二百年前にそれがわかっていたというのには、おどろいた」と答えている。
「三島由紀夫の『春の雪』を読んでください。男が生きるとは、どういうことなのかを考えさせてくれますから。わしのことも、少しはわかってもらえると思いますから」と、彼が私にいっていたことがある。
引用:木村勝美『極道の品格』(文庫ぎんが堂、2015年)289、290頁
ここでは石川が拘置所で読んだものとして、3人の著者と2つの具体的な書名出てくる。
- アダム・スミス『国富論』
- 王陽明
- 三島由紀夫『春の雪』
アダム・スミス『国富論』
それぞれ説明すると、アダム・スミス(1723~1790年)は「経済学の父」とも呼ばれる経済学者で、哲学者でもあり、ヒュームやヴォルテールといった人とも交流があった人物である。
王陽明
さらに王陽明は儒教の一派「陽明学」の創始者で、「平成」という元号を考案したという都市伝説のある安岡正篤(やすおかまさひろ)は、もともとは陽明学の研究者として知られている。
陽明学は大塩平八郎や幕末の維新運動にも強い影響を与えたともいわれている。
さらに生前、この陽明学に強く惹かれていたのが三島由紀夫で、三島は『革命哲学としての陽明学』という評論まで著している(少し下でリンクを貼った『行動学入門』に収録されている)。
そのため、石川が拘置所で「王陽明や三島を読んだ」という記述は、この2人の繋がりから関心を持って読んだのではないかと思われる。
実際に三島由紀夫は陽明学者の安岡正篤と文通もしていたらしい。三島が割腹自殺を遂げた時、安岡は残念そうに、「もう少し早く先師(王陽明)の学問と出会っていれば」と言ったとも聞く。
三島由紀夫『春の雪』
少し首を傾げたくなるのが、石川裕雄が「男が生きるとはどういうことなのか考えさせられる」三島の著書として、『春の雪』を挙げていることである。
(管理人もだいぶ前に読んだのでうろ覚えで、何か違う部分もあるかもしれないが)そもそも『春の雪』は、輪廻転生によって生き変わり死に変わる4人の主人公を題材にした4部作『豊饒の海』の第一巻である。
その第一巻『春の雪』は、侯爵家のどちらかといえば柔弱な若者の悲恋を題材にしたもので、到底「男が生きるとはどういうことなのか考えさせられる」とは思えない。
そうした表現に相応しい作品としては、国粋主義運動を題材にして主人公が最後に割腹自殺を遂げる第2部の『奔馬』があるが、『極道の品格』の中で名前を挙げられているのはそちらではなく『春の雪』である。
これは石川が言い違えたのか、それとも著者木村勝美の書き違いか、あるいはどちらでもなく正しいのだろうか。
木村勝美の著書は、登場する関連人物がおかしい(例えば死亡したはずの人物や、その事件当時に獄中にいるはずの人物が普通に登場するなど)と指摘されることもあるようだ。
管理人自身はその過ちを検証できるほどの知識がないので何ともいえないのだが、もしかすると木村勝美氏の著書には、そのような不正確な記述が実際にあるのかもしれない。
木村勝美『極道の品格』の見どころ・読みどころ
この記事の引用文は木村勝美『極道の品格』からのものである。
既に言及したように、木村勝美氏の文業にはその取材情報の正確性をめぐって疑問符をつける向きもあるが、石川裕雄本人に取材したこの『極道の品格』は、石川の肉声にもっとも近いものを知ることのできる貴重な書籍であることに間違いはない。
この著書では、石川裕雄の学生時代から、ヤクザ渡世、渡米経験、山一抗争と裁判、など石川裕雄の経歴を一望することができる。
またあとがきで書かれている、石川裕雄の悟道連合会関係者がまったく山口組の襲撃の対象にならなかったこと、五代目山口組組長の渡辺芳則が石川裕雄の養子が経営する絵画店にフラリと現れ、もっとも高価な絵画の購入を申し出た、などのちょっとした裏話も興味深い。