小林秀雄と江藤淳から見た三島由紀夫「あれは病気」「吉田松陰も病気か」

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人物紹介

小林秀雄

小林 秀雄(こばやし ひでお、1902年(明治35年)4月11日 – 1983年(昭和58年)3月1日)は、日本の文芸評論家、編集者、作家。(略)

近代日本の文芸評論の確立者であり、晩年は保守文化人の代表者であった。アルチュール・ランボー、シャルル・ボードレールなどフランス象徴派の詩人たち、ドストエフスキー、幸田露伴・泉鏡花・志賀直哉らの作品、ベルクソンやアランの哲学思想に影響を受ける。本居宣長の著作など近代以前の日本文学などにも造詣と鑑識眼を持っていた。

引用:Wikipedia

江藤淳

江藤淳(えとう じゅん、1932年(昭和7年12月25日 – 1999年(平成11年)7月21日)は日本の文学評論家。小林秀雄の死後は文芸批評の第一人者と評され、保守派の論客としても活躍した。漫画家の小林よしのりも『戦争論』の中で取り上げた「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」は、江藤が最初に著書の『閉された言語空間』で公表したものである。東京工業大学、慶應義塾大学教授等を歴任。1998年にガンで妻を失った後、1999年の7月21日に66歳で自宅で自殺した。

三島由紀夫

三島由紀夫は日本の小説家、劇作家、評論家。生年月日は1925年(大正14年)1月14日。小説『仮面の告白』で高く評価され、その後も『潮騒』『金閣寺』といった優れた作品を生み出し続け、ノーベル賞候補になるほどの目覚ましい活躍を見せた。昭和30年ごろから肉体の鍛錬に目覚めると民族主義的思想を表明し、民兵組織「楯の会」を結成。小説『豊穣の海』の第4部を書き終えた直後、1970年(昭和45年)11月25日に市ヶ谷の駐屯地に乱入、自衛隊への決起の呼び掛けるも不発に終わると割腹自殺した。

江藤「あれは病気」小林「吉田松陰も病気か」

小林秀雄と江藤淳は師弟とも見なされ、両者とも保守派であることから、近しい立場にあると思われているが、この両者は「歴史について」と題された対談の中で、三島由紀夫の死に関する見解の相違から衝突して口論になっている。

小林 そうですね。だけど大体ああいうもの(上田秋成の作品:筆者注)が出たのは、徂徠が前にいたからなんですよ。徂徠がいたからああいう学問の上での都会人、自由人が出てきたのですね。宣長と徂徠とは見かけはまるで違った仕事をしたのですが、その思想家としての徹底性と純粋性では実によく似た気象を持った人なのだね。そして二人とも外国の人には大変わかりにくい思想家なのだ。日本人には実にわかりやすいものがある。三島君の悲劇も日本にしかおきえないものでしょうが、外国人にはなかなかわかりにくい事件でしょう。

江藤 そうでしょうか。三島事件は三島さんに早い老年がきた、というようなものなんじゃないんですか。

小林 いや、それは違うでしょう。

江藤 じゃあれはなんですか。老年といってあたらなければ一種の病気でしょう。

小林 あなた、病気というけどな、日本の歴史を病気というか。

江藤 日本の歴史を病気とは、もちろん言いませんけれども、三島さんのあれは病気じゃないですか。病気じゃなくて、もっとほかに意味があるんですか。

小林 いやァ、そんなこというけどな。それなら、吉田松陰は病気か。

江藤 吉田松陰と三島由紀夫とは違うじゃありませんか。

小林 日本的事件という意味では同じだ。僕はそう思うんだ。堺事件にしたってそうです。

江藤 ちよっと、そこがよくわからないんですが。吉田松陰はわかるつもりです。堺事件も、それなりにわかるような気がしますけれども……。

小林 合理的なものはなんにもありません。ああいうことがあそこで起こったということですよ。

江藤 僕の印象を申し上げますと、三島事件はむしろ非常に合理的、かつ人工的な感じが強くて、今にいたるまであまりリアリティーが感じられません。吉田松陰とはだいぶ違うと思います。たいした歴史の事件だなどとは思えないし、いわんや歴史を進展させているなどとはまったく思えませんね。

小林 いえ。ぜんぜんそうではない。三島は、ずいぶん希望したでしょう。松陰もいっぱい希望して、最後、ああなるとは、絶対思わなかったですね。
三島の場合はあのときに、よしッ、と、みな立ったかもしれません。そしてあいつは腹を切るの、よしたかもしれません。それはわかりません。

江藤 立とうが、立つまいが……?

小林 うん。

江藤 そうですか。

小林 ああいうことは、わざわざいろんなこと思うことはないんじゃないの。歴史というものは、あんなものの連続ですよ。子供だって、女の子だって、くやしくて、つらいことだって、みんなやっていることですよ。みんな、腹切ってますよ。

江藤 子供や女の、くやしさやつらさが、やはり歴史を進展させているとおっしゃるのなら、そこのところは納得できるような気がします。だって希望するといえば、偉い人たちばかりではない、名もない女も、匹夫や子供も、みんなやはり熱烈に希望していますもの。

小林 まァ、人間というものは、たいしてよくなりませんよ。

引用:『小林秀雄 江藤淳 全対話』(中公文庫、2019年)141~144頁

解説・補足

『小林秀雄 江藤淳 全対話』(中公文庫)の巻末解説で平山周吉は次のように書いている。

いま活字で読んでも息詰まる宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島である。司会をした「諸君!」編集長の田中健五は後年、対談の雰囲気を問われて、「摑み合いにはなりませんでした(笑)」と答えているから、推して知るべしだろう。

引用:『小林秀雄 江藤淳 全対話』(中公文庫、2019年)241頁

対談というのは文学者にとっては手慣れた仕事である著述とは勝手が異なることから、読みやすさやその他の事情から、後から言葉を引かれたり足されたりしてある程度修正されるというが、この対談では、現場の言葉の応酬があまりに激しかったのでそれを取り繕う修正がなされたらしい。

宮崎正弘が後年対談に立ち会った編集者に聞いたところ、紙面上では取り繕われているものの、実際には「怒鳴りあい」であったという 。

引用:岩田温の備忘録『三島由紀夫と私』

最近(2019年7月25日)になって小林秀雄と江藤淳の三島事件に関する異なった見方がうかがえる『小林秀雄 江藤淳 全対話』という本が中公文庫から発売された。

注目すべき対談「歴史について」はもちろんのこと、小林が三島について唯一はっきり書いている短文「三島君の事」も収録されており、かつ巻末解説では平山周吉が「三島由紀夫の死をめぐる小林秀雄と江藤淳」と題して書いているという、このテーマに興味のある人にとっては至れり尽くせりの内容となっている。

『小林秀雄 江藤淳 全対話』(中公文庫)

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