ゲーテの見たナポレオン「いつも開悟して明晰で決断力があった」

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ドイツの詩人ゲーテは、軍人からフランスの皇帝になったナポレオンをどう見たのだろうか。

ゲーテはナポレオンについて『ゲーテとの対話』の中で言及している。

『ゲーテとの対話』はゲーテに親しく接したエッカーマンによる著書。ゲーテを敬愛するエッカーマンが彼とかわした会話を詳細に綴っている。岩波文庫から上・中・下の3巻にわたって翻訳出版されている。

「ナポレオンはいつも開悟し、いつも明晰で決断力があった」

ゲーテはわれわれ人間というのはみんな愚かなもので、ちょっとした決断をすれば解決する問題を不決断のためにズルズル引き延ばしてしまう、という話をしてからナポレオンについてこのように述べる。

「ところが、ナポレオンは大した男だった! いつも開悟し、いつも明晰で、決断力があった。どんな時でも、有利だと認めたこと、必要だと認めたことなら、即刻実行に移すだけの力をそなえていた。

彼の生涯は、戦いから戦いへ、勝利から勝利へと進む半神の歩みだった。まちがいなく彼はたえず開悟した状態にあったといってよいだろう。だからこそ、彼の運命が、彼の後にも、また彼の前にも、二度と見られないほど、輝かしいものだったのだな。

「そうだ、そのとおりだ、君、あれは大した男だったよ。われわれにはとてもあの真似はできない!」

引用:エッカーマン『ゲーテとの対話』下巻(1969年、岩波書店)197頁

※現在の版は分からないが、管理人の持っている『ゲーテとの対話』の翻訳文体は特殊で、セリフを示す「」が妙なタイミングで終わったり始まったりする。上記の引用の「」は変わっているが誤植ではなく、引用部分は全てゲーテの言葉である。

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749年8月28日 – 1832年3月22日)。ドイツの詩人、劇作家、小説家。失恋で自殺する若い男性を描いた小説『若きウェルテルの悩み』は当時若者の自殺を触発するほどに流行した。カール・アウグスト公のもとでヴァイマル公国の政務にも携わり、その政治的な立場は保守的で、フランス革命には批判的だった。シラーとともに革新的な文学運動「シュトゥルム・ウント・ドラング」の先頭に立つ。劇作『ファウスト』、詩『西東詩集』、小説『親和力』、『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』などの優れた作品を生んだ。

ナポレオン・ボナパルト

ナポレオン・ボナパルト(フランス語: Napoléon Bonaparte、1769年8月15日 – 1821年5月5日)または省略してナポレオンは、革命期のフランスの皇帝・革命家である。ナポレオン1世(フランス語: Napoléon Ier、在位:1804年 – 1814年、1815年)としてフランス第一帝政の皇帝にも即位した。

フランス革命後の混乱を収拾して軍事独裁政権を樹立した。大陸軍(グランダルメ)と名づけた巨大な軍隊を築き上げてナポレオン戦争を引き起こし、幾多の勝利と婚姻政策によって、イギリス、ロシア、オスマン帝国の領土を除いたヨーロッパ大陸の大半を勢力下に置いたが、最終的に対仏大同盟との戦いに敗北し流刑地のイギリス領セントヘレナにて没した。

引用:Wikipedia

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