ヒトラーはゲーテをどう見たか。「ゲーテは反動でもなければ奴隷でもない」

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「偉人は偉人をどう見たか」という名のサイトでヒトラーを扱うことには異論もあるだろうが、このサイトは善悪無記すべての著名人を含めて幅広く扱う。

だからヒトラーは「偉人」というより「著名人」枠で参戦したと考えてほしい。

さて、ドイツの政治家・ヒトラーは、同じくドイツの文人・ゲーテに関してどのように言及したのだろうか。

ヒトラーのゲーテへの言及は『我が闘争』の中に見ることができる。

アドルフ・ヒトラー(1889年4月20日 – 1945年4月30日)は、ドイツの政治家。若き日には画家を目指すものの美術アカデミーの受験には失敗、また第一次大戦では兵士に志願して活躍している。当時は弱小政党に過ぎなかった国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の党員になり、その卓越した演説技術で頭角を現す。ついにナチスに政権を奪取させると第一次大戦で疲弊したドイツ経済を立て直したものの、強引に議会政治を終了させ、再軍備を経てポーランド侵攻を行い第二次世界大戦の引き金を引いた。ベルリンの陥落とドイツの敗北が決定的になると自決。大戦とユダヤ人に対するホロコーストのため後世最悪の汚名を残した。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749年8月28日 – 1832年3月22日)。ドイツの詩人、劇作家、小説家。失恋で自殺する若い男性を描いた小説『若きウェルテルの悩み』は当時若者の自殺を触発するほどに流行した。カール・アウグスト公のもとでヴァイマル公国の政務にも携わり、その政治的な立場は保守的で、フランス革命には批判的だった。シラーとともに革新的な文学運動「シュトゥルム・ウント・ドラング」の先頭に立つ。劇作『ファウスト』、詩『西東詩集』、小説『親和力』『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』などの優れた作品を生んだ。

ヒトラーは『我が闘争』の中でゲーテに言及

ヒトラーの『我が闘争』といえば、ナチス党が政権を握るために一役買った悪質なプロパガンダ本として悪名高いものである。

意外にもというべきなのか、それとも(ゲーテの名声の分だけ利用価値があるという意味で)やはりというべきなのか、その中でゲーテに関して言及された部分がある。

しかも、それはまさにユダヤ人に関するプロパガンダを行う中での一つの小道具としてゲーテの名前が登場するのである。

「ゲーテは反動でもなければ奴隷でもない」

ヒトラーは第11章の「民族と人種」において自己の観察にもとづいて、ユダヤ人がアーリア人と共生した地域で起こる歴史的な経過について、A ~ L までのアルファベットをつけて説明していく。その「H(=h)」の部分でゲーテの名前が登場する。

 (h) 今や、ユダヤ人の中にある変化が実現しはじめる。かれらは今まではユダヤ人であった。つまりかれらはユダヤ人以外のあるものに見せかけようということにあまり重点をおいていなかった。

そして、このことはまた、きわめてはっきりした人種的特徴が両方にあったので、不可能でもあった。まだフリードリッヒ大王の時代には、ユダヤ人の中に「異」民族以外のなにかを見つけ出そうとはだれも思いつきはしない。

ゲーテもやはり、将来キリスト教徒とユダヤ人の間の結婚はもはや法律で禁じられてはならない、という思想に驚いた。

だが、なんといってもゲーテは、神に誓って、反動でもなかったし、さらに加えて奴隷でもなかった。かれによって語られたことは、血と理性の声に外ならなかった。

こうして――宮廷でのすべての恥ずべき行為にもかかわらず――国民はユダヤ人を自分の体内に入っている異質な物体と本能的に見てとり、かれらにもそれに応じた態度をとった。

引用:アドルフ・ヒトラー『わが闘争』(角川文庫)

この文章の後には「今やこのことは変わらなければならなかった」などとして、ユダヤ人が同じ地域で共存する、より大きな民族(ヒトラー言うところの「寄生される」民族)の言語をすっかり習得することで自信を深め、母体となった民族と自分たちとを同一のものと見せかけようとする……といった解説が続くことになる。

ヒトラーのゲーテへの言及

ゲーテもやはり、将来キリスト教徒とユダヤ人の間の結婚はもはや法律で禁じられてはならない、という思想に驚いた。だが、なんといってもゲーテは、神に誓って、反動でもなかったし、さらに加えて奴隷でもなかった。かれによって語られたことは、血と理性の声に外ならなかった。

引用:アドルフ・ヒトラー『わが闘争』(角川文庫)

ここでの「キリスト教徒」という表現は、この文脈ではほぼヒトラー(およびナチス)が言うところの「ゲルマン人」あるいは「アーリア人」と同意義語と見ていいだろう。

つまりヒトラーはここで、ゲーテがゲルマン人(アーリア人)とユダヤ人の結婚を禁ずるのは当然と考えていたと述べることで、ゲーテの思想や感性をヒトラーやナチスに引き寄せて解釈している。

(実際にゲーテがそのようなことを語ったのか、ということは分からない。あるいは言っている可能性もあるが、そのような意味に解釈できる言葉を強引にこじつけた可能性もある)

『我が闘争』の文体はかなり冗長で装飾的な語句が多い。その後の「だが、なんといってもゲーテは、神に誓って、反動でもなかったし、さらに加えて奴隷でもなかった。かれによって語られたことは、血と理性の声に外ならなかった。」という言葉は、要するに「ゲーテは正しい」の一語に要約できる。

だからこの部分の文章は「本来ならばゲーテが考えたように、ゲルマン人(アーリア人)とユダヤ人との血の混血は阻止され、アーリア人の純血は守られるべきである」という意味である。

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