ニーチェはクロード・ロランをどう見たか。「この英雄的・牧歌的なもの」

哲学者
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哲学者のフリードリヒ・ニーチェは、風景画家のクロード・ロランについてどのように考えていたのだろうか。

フリードリヒ・ニーチェのクロード・ロランへの言及は、ニーチェの遺稿集『生成の無垢』の中に見ることができる。

フリードリヒ・ニーチェ(1844年10月15日 – 1900年8月25日)はドイツの哲学者。バーゼル大学で古典文献学の教授として勤務、この頃の同僚には歴史家・ヤーコプ・ブルクハルトがいる。哲学者ショーペンハウアー、音楽家ワーグナーに影響されるも後に決別。病気に苦しみつつも哲学的思索に没頭するも、1889年に発狂、その11年後の1900年に死没している。「神の死」「超人」「永劫回帰」といった概念によって現代にまで強い影響力を持つ哲学を展開した。主著に『善悪の彼岸』『ツァラトゥストラかく語りき』がある。
クロード・ロラン(1600年代 – 1682年11月23日)はフランスの風景画家。理想的な風景を追及する画風で知られる。ロレーヌ地方の貧しい家庭で生まれ、12歳で孤児になった。絵は一時期アゴスティーノ・タッシにも師事。1627年にローマで法王・ウルバヌス8世をパトロンにし、1637年頃から急速に名声を確立。作品の主題は常に陸海空の風景であり、絵の購入者には「自分は風景は売ったが人物はおまけだ」と語った。デッサンをまとめた画集は『真実の書(Liber Veritatis)』は後世、風景画の教科書となった。同時代を生きて交流のあった偉大な画家にニコラ・プッサンがいる。

「この英雄的・牧歌的なものは私の魂を暴露するものだ」

『生成の無垢』にあるニーチェの問題の遺稿は、ニーチェの著書『人間的な、あまりに人間的な』(1878年)と『曙光』(1881年)が書かれた時期のものである。

一昨日の夕方ごろ、クロード・ロランにすっかり魅了されて、とうとう長いあいだ激しく泣き出してしまった。こうしたものを体験することが私になお許されていたとは!

私は、この大地がこうしたものを示すとは、そのときまでは知らないでいて、それは優れた画家たちが虚構したものだろうぐらいに考えていた。

この英雄的・牧歌的なものはいまや私の魂を暴露するものだ。

そして、古人たちのすべての牧歌風のものが、一挙に、いまや私に対してあらわにされ、明らかになったのだ――いままで私はこうしたものについて何ひとつとして理解していなかったのである。

引用:『生成の無垢』(上巻・一〇五四・ちくま学芸文庫)

ここでニーチェはクロード・ロランの絵に魅せられて号泣したという体験を語っている。

この時見たものがクロード・ロランの画集なのか、それともロランの本物の絵を見る機会があったのかは分からない。もしかしてデッサン集『真実の書』を持っていたのだろうか。

そしてこの時、ニーチェには今まで漠然と想像の産物だと信じていた「牧歌的なもの」の真実性が一挙に理解できたということである。

それにしても原語が何かは分からないものの、この「英雄的」と「牧歌的」という語の一見矛盾した組み合わせが醸し出す調和は素晴らしい。

クロード・ロランの作品

クロード・ロランの代表的な風景画をいくつかひいておく。

『ヴィラ・メディチのある港』(1637年)

『アポロとメルクリウスのいる風景』(1645年)

『上陸するシバの女王のいる風景』( 1648)

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