バタイユはニーチェをどう見たか。「自分の中で不幸を自由に語らせなかった」

思想家
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ジョルジュ・バタイユはフリードリヒ・ニーチェをどう見たのだろうか。

バタイユは『純然たる幸福』(ちくま学芸文庫)でニーチェに言及している。

ジョルジュ・バタイユ

ジョルジュ・アルベール・モリス・ヴィクトール・バタイユ(Georges Albert Maurice Victor Bataille、1897年9月10日 – 1962年7月8日)は、フランスの哲学者、思想家、作家。フリードリヒ・ニーチェから強い影響を受けた思想家であり、後のモーリス・ブランショ、ミシェル・フーコー、ジャック・デリダなどに影響を及ぼし、ポスト構造主義に影響を与えた。

引用:Wikipedia

フリードリヒ・ニーチェ

フリードリヒ・ニーチェ(1844年10月15日 – 1900年8月25日)はドイツの哲学者。バーゼル大学で古典文献学の教授として勤務、この頃の同僚には歴史家・ヤーコプ・ブルクハルトがいる。哲学者ショーペンハウアー、音楽家ワーグナーに影響されるも後に決別。病気に苦しみつつも哲学的思索に没頭するも、1889年に発狂、その11年後の1900年に死没している。「神の死」「超人」「永劫回帰」といった概念によって現代にまで強い影響力を持つ哲学を展開した。主著に『善悪の彼岸』『ツァラトゥストラかく語りき』がある。(参考:Wikipedia

「ニーチェの偉大さは、彼を圧倒した不運に自分の思考を一致させなかったことにある」

短いが引用する。テクストは『純然たる幸福』(ちくま学芸文庫)の「真面目さの彼方」。

ニーチェの偉大さは、彼を圧倒した不運に自分の思考を一致させなかったことにある。彼が屈服しなかったというのは、たしかに彼の運がよかったということではある。だが彼の幸福は、自分のなかで不幸を自由に語らせておかなかったということに帰着するのである。

引用:「真面目さの彼方」『純然たる幸福』(ちくま学芸文庫)345頁

「ニーチェの偉大さは、彼を圧倒した不運に自分の思考を一致させなかったことにある」という表現は秀逸であると思う。

そしてここでバタイユが「彼(ニーチェ)を圧倒した不運に自分の思考を一致させなかった」と言っているのは、平たく言えば、ニーチェが病魔に苦しんだにも関わらず、ペシミストにならなかったということを指している。

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