今日出海は小林秀雄をどう見たか。「何でもないところが敬愛に値する」

文学者
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小説家で評論家の今日出海(こん・ひでみ)は小林秀雄をどう見たのだろうか。

これは『直観を磨くもの 小林秀雄対話集』(新潮文庫)に収録されている、昭和50年(1975年)に行われた小林と今の「毎日新聞」紙上での対談から窺うことができる。

今日出海

今 日出海(こん ひでみ、1903年(明治36年)11月6日 – 1984年(昭和59年)7月30日)は日本の小説家、評論家、舞台演出家。初代文化庁長官を務めた。(略)

北海道函館市に生まれた。三人兄弟の末子で、長兄は小説家で天台宗僧侶の今東光である。

引用:Wikipedia

今 日出海の兄・天台宗僧侶の今東光(こん・とうこう)は、破天荒な人生相談である『極道辻説法』でも有名である。

小林秀雄

小林 秀雄(こばやし ひでお、1902年(明治35年)4月11日 – 1983年(昭和58年)3月1日)は、日本の文芸評論家、編集者、作家。(略)

近代日本の文芸評論の確立者であり、晩年は保守文化人の代表者であった。アルチュール・ランボー、シャルル・ボードレールなどフランス象徴派の詩人たち、ドストエフスキー、幸田露伴・泉鏡花・志賀直哉らの作品、ベルクソンやアランの哲学思想に影響を受ける。本居宣長の著作など近代以前の日本文学などにも造詣と鑑識眼を持っていた。

引用:Wikipedia

「何でもない」ところが敬愛に値する

この前段で今 日出海は、母親の悪口を言ってばかりだった兄の東光が、実は動けなくなった母親の糞便の世話をするほどに親孝行だったことを話し、一方で小林も、母親の晩年、母親の信仰に合わせて「お光さま」(世界救世教)に入門したなどという話をしている。

以下は今 日出海の言葉。

 親孝行は、日本人に自(おのづか)ら伝わっている。孝行の美徳じゃないんだ、小林にしろ、東光にしろ。頭脳だって小林は偉いのだろうけれど、それが何だと言うんだ。

俺が小林を敬愛したり好きだという所以(ゆえん)は、「何でもない」ところにあると思っている。何もこの人には美徳はないかも知れないが、本当に小林がおっ母さんの事を思う時に、僕は感動するんだよ。

兄貴がお袋のオシッコまで世話するのを見てもね。東光はいまだにお袋の悪口を書いていますよ。けれども兄貴のやったことは、僕がこれからどう努力したって出来ない事です。

それは何も小林が偉いのでも東光が偉いのでもないんだ。日本人がみんな持っている事じゃないかなと思う。

引用:『直観を磨くもの 小林秀雄対話集』(新潮文庫)

今 日出海は、既に名声を確立していた小林の「頭脳」などより、日本人として自然に親孝行のできる小林の素朴な心情こそ素晴らしいと言っている。

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