ドイツの詩人ゲーテは劇作家で批評家のレッシングをどう見たのだろうか。
ゲーテはレッシングについて『ゲーテとの対話』の中で語っており、同じ個所で哲学者のヘルダーや作家のヴィーラントについても言及している。
この記事の主要な登場人物
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
ゴットホルト・エフライム・レッシング
ゴットホルト・エフライム・レッシング(Gotthold Ephraim Lessing, 1729年1月22日 – 1781年 2月15日)は、ドイツの詩人、劇作家、思想家、批評家。ドイツ啓蒙思想の代表的な人物であり、フランス古典主義からの解放を目指し、ドイツ文学のその後のあり方を決めた人物である。その活動は、ゲーテやシラー、カント、ヤコービ、ハーマン、ヘルダー、メンデルスゾーンなど当時のドイツ文学・思想に多大な影響を及ぼした。西洋近代の転生説を最初に明記した人物と言われており[1]、この転生思想は現代日本への影響も大きい。
引用:Wikipedia
ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー
ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー(Johann Gottfried von Herder, 1744年8月25日 – 1803年12月18日)は、ドイツの哲学者・文学者、詩人、神学者。
カントの哲学などに触発され、若きゲーテやシュトゥルム・ウント・ドラング、ドイツ古典主義文学およびドイツロマン主義に多大な影響を残すなどドイツ文学・哲学両面において忘れることの出来ない人物である。優れた言語論や歴史哲学、詩作を残したほか、一世を風靡していたカントの超越論的観念論の哲学と対決し、歴史的・人間発生学的な見地から自身の哲学を展開し、カントの哲学とは違った面で20世紀の哲学に影響を与えた人物としても知られている。
引用:Wikipedia
クリストフ・マルティン・ヴィーラント
クリストフ・マルティン・ヴィーラント(Christoph Martin Wieland, 1733年9月5日 – 1813年1月20日)は、ドイツの詩人・翻訳家・作家。ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテやフリードリヒ・シラーなどと並びドイツの古典主義時代において重要かつ大きな影響力を持った人物の一人である。
引用:Wikipedia
「最高の知性をもっていたため同等の者でしか学びえなかった」
『ゲーテとの対話』の中には、ゲーテが自分の著作『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』についてエッカーマンに語る場面の後で次のような記述がある。
次に、最近五十年間にドイツ中の中流階級にひろまった高い教養についての話となり、ゲーテは、その功績はレッシングよりもむしろヘルダーとヴィーラントにあるのだ、といった。
「レッシングは、」と彼はいった、「最高の知性をもっていたから、彼と同じくらい偉い者にしか、彼から本当に学びとることなどできなかった。中途半端な人間にとっては、彼は危険な存在だった。」
ゲーテはあるジャーナリストの名を挙げたが、その男はレッシングにならって修養をつみ、前世紀末にはかなりの役割を演じたが、それも高尚な役割というわけにはいかなかったのは、その偉大な先駆者よりもはるかに劣っていたからだ、とのことだ。
「ヴィーラントの活躍で」とゲーテはいった、「南ドイツ全体が、その文体をもつことができるようになった。彼から多くのものを学びとったという次第だが、正しく自己を表現する能力も、決してつまらないこととはいえないね。」
引用:エッカーマン『ゲーテとの対話』上巻(1968年、岩波書店)179頁
ゲーテの代表作『若きウェルテルの悩み』は、評判が高い井上正蔵訳をAmazonの電子書籍読み放題サービス『Kindle Unlimited』で読むことができる。(2022年11月11日閲覧時の情報)