画家の梅原龍三郎は同じく画家のパブロ・ピカソをどう見ていたのか。
梅原はピカソについて、『小林秀雄対話集・直観を磨くもの』(新潮文庫)で、批評家・小林秀雄との対談の中で言及している。
梅原龍三郎
梅原 龍三郎(うめはら りゅうざぶろう、1888年(明治21年)3月9日 – 1986年(昭和61年)1月16日)は、日本の洋画家。京都府京都市下京区生まれ。1914年(大正3年)までは梅原 良三郎(うめはら りょうざぶろう)を名乗った。
ヨーロッパで学んだ油彩画に、桃山美術・琳派・南画といった日本の伝統的な美術を自由奔放に取り入れ、絢爛な色彩と豪放なタッチが織り成す装飾的な世界を展開。昭和の一時代を通じて日本洋画界の重鎮として君臨した。
引用:Wikipedia
パブロ・ピカソ
パブロ・ピカソ[3](Pablo Picasso [ˈpaβlo piˈkaso], 1881年10月25日 – 1973年4月8日)は、スペインのマラガに生まれ、フランスで制作活動をした画家、素描家、彫刻家。
ジョルジュ・ブラックとともに、キュビスムの創始者として知られる。生涯におよそ1万3500点の油絵と素描、10万点の版画、3万4000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作し、最も多作な美術家であると『ギネスブック』に記されている。
引用:Wikipedia
梅原「ピカソの腕力はもの凄い」「一代の化け物」「だが悪趣味」
この対談で梅原がピカソについて述べる箇所はかなりあるので、順次引用していく。
「ピカソの《腕力》は突出している」
まず最初の箇所では小林秀雄が、「ピカソには《青の時代》などに見られるような元来センチメンタルな、浪漫派文学みたいな要素がある」という面白い指摘をし、それを受けて梅原はこう語る。
梅原 やっぱりスペイン人の血っていうものが、ハッキリとあるんじゃないかと思うんだけどね。初めは旅芸人のようなものに興味を持って、そうした文学的なものが相当あるしね。とにかく何をやってもあの人は腕力が強いんでね、自由に表現して、どんどん出来ちゃってね、次から次と転々と変化してるけれども、あれでやっぱり背骨は一つのような気がする。
引用:『小林秀雄対話集・直観を磨くもの』(新潮文庫、平成26年)321頁
梅原 とにかく何をやっても人をひきつける力があるんだから、やはり腕力の物凄いやつだと思うな。(笑う)
引用:『小林秀雄対話集・直観を磨くもの』(新潮文庫、平成26年)322頁
人によっては「腕力」という表現を使うことに戸惑うかもしれないが、前後の文脈から察するに、梅原の言う「腕力」とは、デッサン力をはじめとする画家としての基礎能力を指しているらしい。
「ピカソのデッサンは近世で1番、あるいは現代で1番うまい」
さらに小林がピカソのデッサンについて話すと、それを受けて梅原はこのように語る。
梅原 デッサン力は非常に強くてね、デッサンがうまいのは、近世で一番て言っちゃへンだけど、現代で一番うまいと思うな。
小林 あたしもそんなふうな気がする。実にうまい。
梅原 写実的なものを描くと、そのうまさがハッキリするな。ずいぶんヘンテコなものを描いてもうまいんだしね。その点、あれは恐ろしいやつだと思うな。
引用:『小林秀雄対話集・直観を磨くもの』(新潮文庫、平成26年)322、323頁
さらに梅原は、このようなピカソの突出した技量(「腕力」)が、矛盾した表現も両立させるとしている。
梅原 ピカソはね、両面を持ってる。純粋に写実的なものと、何か変ったことをやろうという、両方を同時にやっていてね、要するにラクラクと両刀を使ってると思うんだけどね。しかし写実的なものなんかにも、非常に魅力があってね。殊にデッサンなんかに美しいものがある。
引用:『小林秀雄対話集・直観を磨くもの』(新潮文庫、平成26年)323頁
「ピカソは余裕をもって何でもやれる」「一代の化けもの」
また小林が別の画家であるパウル・クレーを「純真」であるとする一方でピカソはセンチメンタルだと言うと、このような対話のラリーになる。
梅原 それで絶えず人の意表に出て、びっくりさせようという……。
小林 そんなふうに思うなあ。
梅原 みんなと同じようなことをやってるのは面白くない、というようなことを、若いころから言っていて、それがね、あいつ、腕力が強いから、余裕をもって何んでもやれるんでね。
小林 そういう所は偉いな。あの線というのは、ぼくは偉いものだと思う。ほんとに、物を見たまま手が動いちゃうようなものですな。
梅原 そういうものだ。
小林 眼を同じような早さで動いているような線ですな、あの線は。
梅原 一代の化けものみたいなやつだと思うけどね、あれは。
引用:『小林秀雄対話集・直観を磨くもの』(新潮文庫、平成26年)324、325頁
「惜しむらくはピカソの悪趣味」
これまでの発言で、梅原が基本的に同じ画家としてピカソを非常に高く評価していたことが分かるが、対談の終盤で少しピカソに対して否定的な表現をしている。
梅原 ピカソっていうのは、なかなか大した画描きで、そうして相当悪趣味の人だと思うんだがな。あの悪趣味っていうのは、ぼくは惜しいもんだと思う。悪趣味でも画にこなすような腕力は持ってるんだけどね、あの悪趣味がなかったら、もっと立派な作品を残してるだろう。
引用:『小林秀雄対話集・直観を磨くもの』(新潮文庫、平成26年)333頁
この対談での梅原のピカソに対する言及は以上である。
そしてこれら梅原のピカソへの言及を全体的に眺めると、彼の語調からしばしば微妙な高揚感のようなものが伝わってくる気がする。
これは画家・梅原の、同業者であるピカソの技量に対する素直な感嘆とともに、こうした深いレベルでピカソについて対話ができる相手を見つけたことに対する喜びなのではないかと私には感じられる。