元ヤクザの後藤忠政は、四代目山口組若頭だった中山勝正についてどう見ていたのか。
後藤忠政は中山勝正について、自著『憚りながら』の中で言及している。
この記事の主要な登場人物:後藤忠政と中山勝正
「偉そうなところが全然なくて、実に爽やかな人」
後藤忠政は中山勝正についてこのように述べる。
四代目の若頭だった高知の中山(勝正・豪友会初代会長)さんも素晴らしいヤクザだった。実は俺を直参に推してくれたのが、中山さんだったんだ。べつにそれまで知り合いだったわけじゃない。当時、中山さんはすでに本家(山口組)の(若)頭補佐だったし、俺は伊堂組の枝だったから。けど、何かしら目をかけててくれたんだろうな。
伊堂さんが引退した後、「後藤はいいぞ、あいつを直参にしようや」って竹中さんに進言してくれたそうだ。俺も(直参になった)後で周りから聞いたんだけど、(中山)本人はそんなこと、まったく口にしないで、俺が四代目から盃をもらったらすぐに、「兄弟、兄弟」って呼んでくれてさ。自分は若頭なのに偉そうなところが全然なくて、実に爽やかな人だったよ。
引用:後藤忠政『憚りながら』(宝島社、2010年) 118~119ページ
文中の「伊堂」は下記参照。
また後藤忠政の、四代目山口組組長だった竹中正久への言及は下の記事を参照。
後藤忠政『憚りながら』の見どころ・読みどころ
この記事の引用文は後藤忠政の著書『憚りながら(はばかりながら)』からのものである。
この著書『憚りながら』では、後藤忠政が、父や兄にいじめられていた幼少期の記憶から説き起こし、静岡での愚連隊時代、山口組組長時代など、各時期についてそれぞれ起こった出来事や印象に残ったことなどを語っている。
その面白さは暴力団組長としての後藤忠政の経歴に興味のある人にとっては無論のことだが、そこに出てくる人物の多士済々な顔触れは、仮に裏社会に興味のない人でも興味深く読めるのではないかと思わせるものである。
裏表問わず縦横に繰り広げられる後藤の人物評は、賛否はともかくとして、なるほど例え裏社会であっても位人臣を極めた人はそれなりの一家言を持つに至るものなのだな、と思わせてくれる。
また言うまでもなく、子供から不良少年に、不良少年からチンピラに、チンピラからヤクザに、そしてヤクザ渡世を引退、という後藤忠政のヤクザ渡世を俯瞰できるこの著書は、アウトローに興味のある人なら一度は読んでみても損はないだろう。